Spiritual whereabouts      5
             
――魂の在り処――

瞳を開けると、辺り一面血の海だった。

記憶の底にあるものは、暗黒の世界と赤い血の色だけ……

それが呪われた人間の定めだと、運命を諦めていた。

 

 

 

 

 

 

目の前で自分が抱きしめている少年。

随分長い間泣いていたせいか、今は低い啜り声を上げる程度で、

その肩は時折しゃくり上げるたびに小さく震える。

 

神田は己の眼下にある銀白の髪を黙って見つめていた。

 

―― この世にはこんなに綺麗な色もあるというのに ――

 

呆然と考えながら、今度は自分のすぐ脇に置いてある剣……()(ゲン)に目を落とす。

全ては神田がこの剣と出会い、運命を共にした事から始まっていた。

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

世界の東方果ての国。

日本という小さな島国で神田は生まれた。

そこにはサムライと呼ばれる階級の武士が横行し、

サムライは皆それぞれに刀と呼ばれる剣を肌身離さず持ち歩いていた。

 

とある城主の息子として育った神田は、その母が側室であるということ以外には、

非の打ち所がないほどに出来た子供だった。

城には代々家宝として大事に保管されている宝刀『六幻』があったが、

その刀は妖刀としても語り継がれている代物だった。

幼い頃の彼は、それがとても貴重なものであるということ意外、その恐ろしさを知らなかった。

 

 

 

「最近城下では恐ろしい賊が横行しているそうだ。

 もう沢山の人間が殺されているらしいぞ?」

「まぁ恐ろしい。城の中とて安心はできませんね……

 大事な若君をお守りするためにも、警備兵を増やしませんと……」

 

 

 

そんな大人たちの会話を聞きながらも、幼い彼は目先の楽しみでいっぱいだった。

神田の今日の興味は、宝物庫の探検だった。

宝物の蔵の中、一番奥の部屋にある宝の剣を一目見てみたい。

それが彼の頭の中にある今一番の楽しみだった。

 

―― よし、今日こそは従事の目を盗んで、あそこに潜り込んでやるぞ ――

 

神田はやる気満々で部屋を抜け出すと宝物庫へと向かう。

まるで何かに導かれるように、黒い漆塗りの大きな箱の前に立つと、

その箱の蓋を開け、中にある自分の身の丈ほどの大きな剣に手をかけた。

 

 

瞬間、身体に電流が走りぬける。

 

 

全身の毛という毛が全て逆立ったかと思うと、

今度は得体の知れない力が腹の底から沸々と湧き出した。

部屋を舞う塵の一つ一つがまるで物音を立てているかのように、

全ての動きが緩やかで鮮明に見える。

鼓膜が全ての振動を吸収して、遠くの物音でも手に取るようにわかった。

 

 

次の瞬間、明らかに人の悲鳴とわかる声が響く。

神田はその剣を手にしたまま、宝物庫の外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がついたら、そこは辺り一面血の海だった。

見覚えのある顔をした死体が、そこいら辺にごろごろと転がっている。

 

 

 

「……なんだ……?……これ……?」

 

 

 

ぬるり……とした感触に思わず手元を見据えると、

そこには誰のものか見違うほどの血だらけの手がある。

そして、もう片方の利き手にしっかりと握られていたものは、

抜き身の妖刀……六幻だった。

 

 

 

「……わっ……わぁぁぁぁ……!!」

 

 

 

神田は自分が今なにをして、どうしてここに存在しているのかさえ判らなかった。

文字通りパニック状態と言っていい。

自分の身体は見る影無いほど血に塗れ、生ぬるい感触が全身を覆う。

グロテスクに転がる無数の塊は、既に原型を留めていない。

死体のなかには見覚えのないモノも数体混じっていて、

それがさっき噂になっていた賊のものだとわかったのは、それからしばらくしてからだった。

 

 

 

神田が蔵の外に飛び出すと、そこでは見慣れぬ格好をした大男たちが

奇声を上げながら太刀を振るい暴れ回っていた。

城の中に賊が侵入してたのだ。

中には見たこともない奇妙な成りをした怪物のようなものさえいる。

 

 

 

「わあっ!賊だ!!大筒を持ってる奴までいるぞっ!!」

「逃げろっ!女子供は非難しろっ!」

「きゃぁっ!助けてっっ!!」

 

 

 

優しかった乳母が、大好きだった従者が切り刻まれ血を穂飛ばせる。

中には伴天連(バテレン)の銃器らしきもので吹き飛ばされ、瞬時で姿を失うものまでいる。

大好きな従者たちが殺されていく場面を目の当たりにした彼は、

怒りを全身に迸らせ、無意識に手にした剣……六幻の力を解放した。

 

自分よりも何倍も大きな大人の男を相手に、

まだ幼い少年が剣を振るう。

大人の男たちですら難儀している立ち回りだというのに、

他愛もなく男共を切り倒していく様は、さながら鬼神のように見えた。

瞳には青白い炎が宿り、迷い一つ見せない。

返り血を浴びながら、大きな妖刀を振り回し続ける姿は、

まさに周りのものたちには奇怪なものとして映った。

 

 

 

「鬼じゃ……鬼が若に取り憑きおったぁ……!」

 

 

 

妖刀に憑いてた鬼が若君に取り憑いたと思った城の者が大声で叫ぶ。

賊が全て切り殺された惨状に佇む神田を見て、

恐れおののいた城の者たちは、それから彼を見る目を変えたのだった。

 

 

 

「恐ろしいことじゃ!鬼じゃ!あれはまさに呪われた鬼の子じゃ!」

「だから妖刀など城に残しておくべきじゃなかったんだ!」

「口惜しいのう……これで若君はお世継ぎにはなれんだろう……」

「だなぁ、あんな恐ろしい子供が跡継ぎになったら、この神田のお家は潰れてしまう!」

「さっさと別の側室君の若を、お世継ぎとしてお迎えせねばならん……」

 

 

 

家臣の命を救おうとして、剣に魂を委ねた幼い神田を、

当の家臣たちは恐ろしいものを見るように毛嫌いし出した。

 

刀を封印してどこか別の場所に仕舞い込んでも、

何故か翌日には神田の元に帰ってくる。

心配した父親が祈祷や色々なまじないを施してみたが、どれも全く効果をみせなかった。

 

六幻こそが神の残したイノセンスで、神田自身が神の使徒として選ばれたのだ。

その両者を切り離そうとしても普通の人間には無理に違いなかったが、

彼の周りの人間にはそれが理解でるはずもない。

 

周りの家臣の苦言を受け入れるべく、

とうとう父親までもが彼に見切りを付け、地下の座敷牢へと彼を放り込んでしまった。

 

 

 

「父上、私には鬼など憑いておりません! どうか此処から出してください……!」

 

 

 

冷たく暗い地下の牢獄から出してくれと懇願しても、その願いが聞き届けられることはなかった。

泣いて叫んで懇願しても、返ってくることのない返事に時間だけが無残に過ぎる。

ついこの間まで、若君として誰からももてはやされ、大事にされていた身が、

今は誰よりも疎まれ、家畜以下の扱いを受ける。

 

涙すら枯れ果てる頃、ただ一人、彼を心から愛する母の手により、彼は救われた。

そして、イノセンスのことを知る人間……エクソシストの手に委ねられた。

ティェドール元帥……その人の手に……

 

 

 

――― あれから母上は……どうなったのだろう ―――

 

 

 

師となったエクソシストは気まぐれで口八丁で、いい加減な人間だった。

だが彼に六幻がイノセンスで、自分はエクソシストとして神に選ばれた者だと教えられたときは、

どれだけ救われたことだろうか。

無意識に切り刻んだ大人たちが、実はアクマという人間の皮を被った兵器だと知り、

神田はそれまで思い込んでいた己の罪を免責された思いだった。

 

冷たく暗い牢獄で味わった苦渋の日々。

そこから解き放ってくれた母。

見張りの目を盗んで時折彼の元を訪れた彼女は、日に日に(やつ)れていて。

一緒に逃げようと(すが)り付いた神田に、こんな自分が一緒では追っ手に捕まってしまうからと、

涙を流しながらも気丈に振舞っていた。

息子を逃がしたことを知られたら、おそらく死罪は免れないだろう。

自分は最愛の母を見捨てて、今ここにおめおめと生き長らえている……

神田はあの日以来、自分を責め続けてきた。

 

そんな情けない自分にできること。

それはただ……アクマを壊すこと……

自分はただの破壊者となり、その使命をまっとうすること……

 

 

 

 

 

 

 

初めのうちは、自分をこんな運命に誘ったイノセンスを恨んだ。

だが、これも全て運命と受け入れたとき、自分が選択できる道は(ただ)一つ(ひとつ)だった。

 

 

 

神に選ばれ、イノセンスと適合した者。

それらはエクソシストと呼ばれ、この世を救える数少ない勇者として(あが)められる。

だが、忘れてはいけない。

その全てのエクソシストが、何者にも理解し難い苦悩と共にあることを……

 

 

 

 

神田が他のエクソシストたちとの関わりを極端に嫌った理由。

それは、彼らの過去が、嫌がおうにも己の過去を思い出させるから。

 

ファインダーという捜索部隊は、『神のため』という理想や己の信仰心から教団にやって来る。

法外な報酬金が魅力の一つでもあるのだろうが、

それでもアクマと戦うなどという危険な仕事に付くからには、

それなりの覚悟や信仰心が要る。

彼らはそれなりの虚栄や満足を得て、教団内に存在しているのだ。

 

だがエクソシストは違う。

己の意志など関係なく、貴重な存在として、教団に強制的に入団させられる。

仲間の死を悼む気持ちは判るが、その都度声を出して泣くファインダー連中に、

神田は未だに嫌悪感を抱かずにいられなかった。

 

以前、食堂でファインダーと揉めた時、静止に入ったアレンの言動を疎ましく思った。

こいつは自分とは違う、甘っちょろいエクソシストなのだと思えた。

だが今アレンの苦悩を知り、結局アレンも同じ苦悩を背負った人間だと知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……神田……服、汚しちゃいました……」

「……別に……いい……」

「……思いっきり……泣いちゃいましたね……」

「散々泣いといて、今更何いってやがる……」

 

 

 

ヘヘ……と、はにかみ笑うアレンの笑顔が、妙に眩しい。

神田には、少なくとも愛してくれる母がいた。

体裁ばかり気にする厳格な父だったが、それでも彼は父が好きだった。

だから、好きな相手に邪険にされる辛さは良くわかる。

他人が信じられなくなり、人との交わりを拒む自分に、

此処まで素直に愛情を表してくれる目の前の少年が、

何故か神田には愛しく思えた。

 

 

 

「……俺のことが……好きか……?」

「……えっ……?!」

「好きか……と聞いている……」

 

 

 

途端に、アレンの顔が真っ赤に染まる。

その表情からしてアレンの答えは一目瞭然だったが、

敢えて神田は答えを促した。

 

 

 

「……えっと……その……それは……」

「前言撤回か?」

「そっ、そんなことないです!

 その……す……好き……です……」

「……そうか……」

 

 

 

神田は軽く目を閉じると、安心したように小さく溜息をついた。

そして、目の前で真っ赤になって俯くアレンの顎を軽く抓んで上を向かせると、

その薄く色づいた唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねた。

 

瞬間、大きく目を見開き神田を見つめるアレンだったが、

その唇から伝わる温もりに、次第に緊張を解いていく。

 

 

 

 

――― カンダ ―――

 

 

 

 

彼が自分を受け入れてくれた喜びに、アレンはゆっくりと瞳を閉じる。

その緩やかな頬を伝い、一筋の涙が零れ落ちた……

 

 

 

 

 

 

 

                                 NEXT

 

 

 

 

 

 

 

≪あとがき≫
あっちゃぁ〜〜ってカンジですが、神田の過去、自分勝手に書いちゃいました;
これからオリジナルの方で神田の過去に触れられたら、
大嘘ばれちゃいますね〜〜〜( ̄▽ ̄;)
けど、まぁ、今のところはこういうことで我慢しておいてください;
次回はもっともっと甘く??……なる予定〜〜♪

お楽しみにvv 

 

 

 

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